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2010年08月27日

出産の記録 その1−出産まで

ほぼ1年ぶりの更新。。
我ながらびっくりw

最後の記事は体調不良で妊娠疑惑、なんだね。
病院に行って検査してもらったら結局妊娠してて、5月8日が予定日と言われて嬉しいやら、不安やら複雑な気持ちに。
ダンナくんは手放しで大喜びw
それを見てワタシもなんだか嬉しさがこみ上げた記憶が。

その後、9月の後半から11月いっぱいくらいかな?までつわりに見舞われて。。
きつかったな〜。
ワタシ、つわりって昔のドラマとかのイメージで、味噌汁のゆげ→うっ。→げぇ。。
っていう風になると思ってたの。
で、その「うっ」以外のときは普通の状態なんだと思ってたら、全然違うのねw
ずぅ〜〜〜っとキモチワルイのっ。
で、その「うっ」は「う”っ」でキモチワルイメーターが振り切れる音なのねw

幸いワタシは吐き戻しがなかったから良かったんだけど、それでも気持ち悪くてごはんなんて全然食べられず。
唯一きんかんのど飴とレモンウォーターだけ比較的安全で、それで生きながらえた感じw
もう、世の中のにおいというにおいがダメで。
近所の商店街とか食べ物やさんのにおいがツラくて歩くの厳しかったし、家は家でお風呂の湯煙とかシャンプーのにおいもダメだし、何よりダンナくんのにおいがダメでw
しょっちゅう「う”っ」ってなってたw
今にして思えば悪いことしたなぁw

でも気持ちの上では食欲があるから、やたら叙々苑行きたいとか、つな八行きたいとか、マック食べたいとか言ってたw
でも、そんなにおいの強烈な店なんて、近づくことすらできなかったw

でも年末年始には無事復活!
年末年始のごちそうは余すところなく満喫w
なのに、年明けの検診で切迫早産の危険性があるって言われて、自宅安静の日々。
つわりが終わったら最後の大人遊びをしようと、いろいろ楽しみにしてたのに、全然何もできず。。
せいぜい近所のごはんやさんでランチするくらい。
友達とも遊ぶ約束してたのに、ぜぇ〜ぶキャンセル。。

でもそんな中、年明けに引っ越しを敢行!
とはいえワタシは本当に何もしなかったのだけど^^;
ダンナくんと妹夫婦に全部まかせて、ワタシは寝てただけ(ゴメン
新居は前の家から100メートルなんて離れてないかな?っていうくらい近所。
余裕だな、とみんなで言ってたんだけど、当日は何もしないくせに緊張したからか、ワタシ、脂汗かくくらいすごい腹痛に見舞われて一瞬救急車呼ぶか?くらいの騒ぎに。。
幸い落ち着いたから大丈夫だったけど、ちょっとあせった。

それから、新居に移っておなかが張ることが増えて、助産師さんには検診の度に脅されてムカつきながらも不安な日々。
や、だって本当に大人しくしてないと入院だの里帰りできないだのすごくてっ。
すっごい大人しくすごしてたし、産科の先生は大丈夫って言ってくれてるのにさ〜っ。
人の不安あおって、症状が良くなるとでも思ってんの?!って位最悪だったのっ。

まぁ、愚痴はさておき。

で、そんな中、今度は後期づわりとか言ってまた気持ち悪くなって〜><
おなかが大きくなるにつれて胃が圧迫されて胃酸が逆流しやすくなるらしい。
そのせいで気持ち悪くなる人がいるとか。
2月くらいからこの後期づわりに悩まされて、唯一の楽しみだったごはんも、消化の良いものを少ししか食べられなくなる有様。

なんか、思ってた妊娠中の生活と全然違ってて、結構しんどかったのが正直なところ。
トイレに行くだけでもおなかが張るから、ほんと、全然動けなくて。
でも、だんだんその頃から胎動もハッキリと頻繁に起こるようになって、おなかがぽこぽこ動くのが見えて、それが楽しみで何とか持ちこたえたって感じかなぁ。
昼間は一人で、時々妹が来てくれたけど、ず〜っと布団の中でぼ〜っとオリンピック見てたわw

運が悪いことにダンナくんの仕事がめちゃ忙しい時期で。
早くても夜中の12時とかで、明け方とかに戻るのもざらって毎日。
部屋もず〜っとダンボールがつみあがってるような状態で、新生活っぽさゼロ。
いや、ある意味ずっと新生活っぽさが維持されてたともいえるけどw

思い返してみれば、ワタシ、よくこんな生活耐えてたなw

でも3月の後半には実家に里帰りして、そこからは楽しい妊婦生活がすごせたかも。
やっぱり両親がいると安心でリラックスできてたせいか、おなかの張りも少し楽になっていって、マタニティヨガとか気分転換に散歩とかできるようになっていったんだよなぁ。。
検診に行って、エコーで赤ちゃんの顔とか見えたりして、どんどん実感もわいていってた気がする。
順調に成長してて、4月後半にはいつ生まれてきてもいい状態に。
みんなでゴールデンウィークだったらいいのにねぇ!って言いながら、でもそんなにうまくはいかないよね^^;と話す毎日。
両親もダンナくんも妹もみんなが楽しみにしてるのが伝わってきて、なんだかそれだけで嬉しかったなぁ。

そうこうしている間にゴールデンウィーク突入して、そろそろかなぁ?とみんなでわくわくどきどき。
ダンナくんや妹夫婦も実家にやってきて、一気ににぎやかに。

そしていよいよ運命の日はやってきたのです!

出産の記録 その2−出産 につづくw
posted by ちゃっぴー at 11:51 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 育児>出産前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月05日

出産の記録 その2−出産

5月1日。
ゴールデンウィーク中なので賑やかではありながらも、いつものように過ごした一日。
おなかが張って痛みを感じるのもいつものことだし、夜中にちょいちょい目が覚めるのもいつものこと。
でもなんだかこの日はちょっと違う感じ。

◆夜中2時〜
まさかな〜と思いながらトイレに行ったらうわさの「おしるし」が!
おしるしなんて都市伝説かと思ってたら、本当に来たからちょっとびっくりw
でも、結構おしるしあってから平気で数日過ぎちゃうこともあるっぽいのであまり期待しすぎるのはよくないぞ、と自分を抑えつつもわくわくw
もしかしてこの痛みは陣痛なのかも?と思って、念のため間隔を記録することに。
病院に持って行く荷物なんかも最終確認して、案外冷静に行動してる自分にびっくりw

◆6時〜
何となく等間隔であるような、ないような。
痛みは弱かったり強かったりしてイマイチ決め手に欠けてはいたものの、そこそこ10分間隔位になってきたので確認も兼ねて病院に6時半ごろ電話。
初産だし、もう少しハッキリするまで様子をみましょうとのこと。
できるなら朝食を摂っておくように言われる。
腹が減っては戦はできぬということだね。

この辺りからダンナくんも起床して、みんなで朝ごはんを食べてわくわくを共有w
ワタシも何とかパンを一枚食べて栄養補給。
後になって、この一枚、本当に食べておいてよかったと痛感。
痛みも割りと強くなってきて、どんどん期待値は上昇!

◆8時〜
時間も5〜10分おき、痛みも強めで記録をつけるのもダンナくんにまかせ始める。
もう一度病院に電話をして判断を仰いだら、もしかしたら家に帰ることになるかもしれないけど、一度診察のために来てもいいよ、とのこと。
え?こんなに痛いのに帰るとかあるわけ?と思いながら、永住する気満々で病院へ出発。

◆9時〜10時ごろ。
痛みの合間を縫って出発して、病院に到着したのが9時15分ごろ。
一旦陣痛室に通されるも、子宮口がまだまだまだ開いてないということで(確か3センチって言ってた気がするw)病室で待機することに。
うちの母はワタシを産むときに20時間とかかかったと散々聞かされていたので、ワタシもきっと長丁場になるのだろうと覚悟。
それにしても結構痛いんですけど!って感じで、これから20時間とか普通に無理だわー、とくじけ気味。
今にして思えば、くじけることができるくらい余裕があったんだと思うw
痛み MAX になるとくじける暇もないからw

◆11時〜
mixi とかで他の人の出産ログとか見てたら、結構陣痛中も余裕でメールしたり家族と話をしてすごしたと書いている人が多かったので、病室で過ごす間はゆとりがあるのかな、と思っていたのに全然そんなことをする気にならず。
てか、こんなに痛いのにみんなよくそんなことできるよね?あれ?もしかしてワタシがヘタレなだけ?とか思いながら、余裕を生み出そうと一瞬頑張るも、ワタシが生むべきなのは余裕ではなく赤ちゃんだと思い直す。

お昼ごはんとかも出てきたけど、そんなもの食べる余裕ないくらい5〜10分おきにくる陣痛と闘ってたw
ここで朝にパン食べておいてよかったと思う。
もし食べてなかったら前日の夕飯以降何も食べずの状態で戦いに挑む羽目になってたからね。

思い返してみれば、ある意味ではこの辺りが一番辛かったかもしれない。
先が見えないし、意識もちゃんとしてたし、痛みも理解できる範囲だし。
ここを超えると何だか辛さの向こう側って感じで良く分からなくなっていくらからねw

母とダンナくんが付き添ってくれてたんだけど、交代要員として夜に備えるべく、母は一旦帰宅。
そう。
だからみんな長期戦を覚悟してたんだってばw

◆13時〜
この辺りから、記憶があいまいなので主にダンナ君がつけてくれていた記録を元にお送りしますw

子宮口4センチ。
順調だけど、羊水が邪魔で赤ちゃんの頭が下がれない状態だとか。
理由は忘れたけど、陣痛室に再び移動。

赤ちゃんの心音をモニター。
平常時は144くらいで陣痛がくると160くらいになってたらしい。
もう、この辺りの痛みとか記憶にないけどw
赤ちゃんも頑張ってるんだから弱音を吐いてる場合じゃない!と気合を入れた記憶がうっすら。

でも、あ”〜〜〜〜〜〜っっっ!って叫びまくってたwww
この辺りでワタシの羞恥心は封印。
でなきゃあんな声、外で出せないw

◆14時〜
陣痛の間隔もどんどん短くなっていって、もう、陣痛の度に本当に出したくて出したくて出したくて出したくてw
よくウ○コしたくなる感じ、って書いてる人がいたけどまさにそんな感じでw
子宮口は半開かもしれないけど、肛門は全開でしょ!?って気分。

でも、ハンパな状態で息んじゃうとムダに体力消耗するからダメなんだって。
そこで登場するのが「息み逃し」。
出したくて仕方ないあの辺りを陣痛時に手で押してもらうの。
冷静に考えるととんでもないことを人にやらせてるんだけどw
あの非常時には神の手じゃないかと思うくらいにやってもらうとラクになるという技w

付いててくれた助産師さんの息み逃しは完璧で!やってもらうとすっごいラクになった。
ダンナくんがやり方を教えてもらって手伝ってくれたけど、やっぱり助産師さんの方が上手だったw
でも、ダンナくんは手をぷるぷるさせながら手伝ってくれていたらしいw
結構力をいれて押し返してくれてたみたい。
てか。
もっと強くぅ〜〜〜っ!!!(イラ)って指示したのはワタシですがw
今更ながら感謝ですw
どうもありがとう〜。

この頃赤ちゃんはワタシの腰の辺りまで下りてきて、子宮口は平常時で6センチ、陣痛時で8センチ。

◆15時〜
検診をしてもらって、30分くらいになったら分娩室に移動することに。
確か、この辺りに家族がお見舞いに来てくれてた気がするw
でも、息み逃しをしているものの、もういいから早く出させてくれっ!って気分。
そんな祈りが通じたのか、10分くらい?には助産師さんのOKがっ。

いよいよ陣痛の合間を縫って分娩台に移動。
気分は外出中にもよおしちゃってやっと見つけたトイレに駆け込む感じw
いや、本当にそんなんなんだってば。

15時半くらいに子宮口全開→人口破水。
そっからは怒涛の30分。

最初のほうはダンナくんが横にいるのも意識してたし、水分補給のポカリなんかも飲ませてもらってたけど、途中からそれどころじゃなくなって。
なんかいろいろ言われてたけど、あんまり記憶にないしw
とりあえず、目を開けて息めって言われたのと、ちゃんと呼吸をしなさいって言われて頑張った。
けど、なかなか上手くいかなくて酸素登場。
後で聞いたら赤ちゃんは少し弱っちゃってたらしい。。
ごめんねぇ。。。

50分ごろ先生登場。
ちょっと痛いよ〜とのんきに言われて、さくっと切開。
バチンって切られる感じはしたけど、痛みとか感じる余裕ゼロ。
バキュームしまーす、とか遠くのほうで聞こえたけど、はいはい何でもしてください、って状態のワタシ。

この辺、かなり記憶あいまいw

次の瞬間、気づいたら出てた、って感じ。
あれ?と思ったら、ふぎゃーって声が聞こえて、あ、生まれたんだ〜ってw
おめでとうございます〜、とかも言われた気がする。
抱きますか〜?って言われたから、はいって言った。
赤ちゃんて言うから真っ赤かなのかと思ったら、抱かせてもらったちっちゃくて生暖かくてぎゃんぎゃん泣いている物体は紫色だった。
それに、思ってたよりもずしっ、と重たかった。

もっと産まれた瞬間てすごい感動するのか思ったけど、正直感動とか二の次で。
とにかく無事に出てきたっていうことと、生きてる(赤ちゃんもワタシもw)っていうことを確認するので精一杯でしたw

そんな初めての出産。


出産の記録 その3−予想外の産後 につづく。
posted by ちゃっぴー at 16:01 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 育児>出産前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月07日

出産の記録 その3−予想外の産後

そんなこんなで無事に出産したわけです。
正確には陣痛開始が6時ごろで、胎盤まで全部出たのが16時すぎだったから10時間くらいの出産てことになるらしいんだけど、気分的には入院したのが9時半くらいで15時半くらいに本体wが出たから6時間って感じ。
ま、どっちにしても大方の予想を覆すスピード出産でしたv

ハッキリ言って、産まれちゃえばコッチのもんだとばかり思っていたけど大間違いだった。。

出産が終わって2時間くらいはそのまま分娩台で休んで、それから部屋へ移動っては聞いてたけど、あんなにつらい2時間だなんて聞いてないよ!って感じだった。
すっごい脱力感で体に力が全然入らないし、後陣痛とか言っておなか痛くなるしっ。
陣痛はそれまでに知ってた痛みというものの向こう側まで飛んでく痛みだったから、逆に終わっちゃうとリアリティなくて忘れちゃうんだけど、後陣痛は知ってる痛みの最上級で攻めてくるからむしろコッチのほうが辛いって言う。。
この後陣痛にこの後2日くらい悩まされるんだけどさ。
それが既に出産直後からはじまるなんて知らなかったよ。。
痛かったよ。。

あ、そういえば。
そんなハライタの前に、実は切開した傷を縫い縫いしてもらって、でっかいナプキンをあててもらったんだっけ。
もう、体に力が入らないからされるがままw
あられもない姿ですよw
そのでっかいナプキン、ほんと大きいからまるでオムツのよう。
ふと隣を見ると、産まれたばかりの我が息子も人生初めてのオムツをあててもらっていて。
親子並んでオムツですよw
出産してあほほどオムツ換えすることになるとは思ってたけど、よもや自分があててもらうことから始まるとは。
人生分からないもんだね。

で。
そんな恥もクソもないような状態をとりあえず脱したところで、家族が入室を許可されてきてくれた。
みんないろいろ言ってくれてた気がするけど、結構意識モーローであんまり覚えてないw
ごめん。
でもみんな生まれたばっかりの豆太を見てニコニコ喜んでくれてたな〜。
かわいいねぇ、かわいいねぇって。
自分が褒められたときより断然うれしかったなぁ〜。
これが母らしい気持ちになった初めての瞬間かもね。

でも、それ以外はとにかくおなか痛いなー。眠いなー。早く部屋に帰りたいなー(分娩台、寝心地悪いからw)。とかばっかり考えてた気がする。
あ。
もちろん我が息子、豆太のことも気にかけてましたよ。えぇ(キッパリ

そういえばその豆太。
最初こそギャン泣きしてたけど、結構スグに泣き止んで大人しくしてたんだよね〜。
寝てるわけでもなく、ちょいウトウトっぽかったけど、大人しくしてて。
赤ちゃんて、結構泣かないんじゃん!とナメたのがこの辺りw
後で散々な目にあうのは誰の目にも明らかだよねw

そんなこんなで2時間経って部屋に戻ることになったんだけどさ。
全然一人で起き上がれやしないw
支えてもらいながらやっと体を起こして、ビックリの車椅子登場ですよ。
情けなかったね〜。
これから母親として子供を育てようかというのに、自分の世話すら満足にできないっていう。。

その後3日くらい切開の傷痛くて部屋のトイレに行くのも一苦労で。
へこへこ壁伝いに歩いてたわけ。
優しい助産師さんは痛み止めの薬くれたりしてくれたけど、厳しい人がひとりいて!みんな下手したら当日からスタスタ歩いてちゃんとしてるんだから甘えないでシッカリしなさい、的な説教を食らってっ!
いや、できればワタシだってスタスタ歩くよ。
でも貧血になっちゃってたし、不整脈だってでちゃってたし仕方なくない?
知らないかもしれないけど、ワタシ結構我慢強くて有名だよ?
痛いのだって救急車呼ばれるくらいまで我慢するほうだよ?
なのにその言い草。
いや〜、イラっとしたよね。

でも後で他の入院してた人たちと話したら、みんな厳しくいろいろ言われてたらしいw
そういう人なんだね。仕方ないね。うん。

で、まぁ、痛みのほうは2−3日で落ち着いて豆太の世話とかするようになっていくわけだけども。
予想外の出来事最後のひとつがコレ。

あれ?全然おなかがへこまないんですけどwww

ワタシ、本当に出産したらすぐに戻るんだと思っててw
や、産後の体型戻しのサポーターとかも買ってたけど、こんなに戻らないとは思ってなくてw
だってさ。
下手したらもう一人くらいまだ入ってんじゃない?ってくらいの膨らみっぷりよ?
出産前の体重だってほぼ理想どおりの9キロ弱くらいしか増えてなかったのにさ、なに、このハラ?w
サポーターだってパッツンパッツンって感じでかなりビックリしたよ。
そして、こんなんが本当に元に戻るのか甚だ疑問だったねw

幸い体重は退院したらあれよあれよという間に妊娠前+1キロまで落ちて、里帰り終わる頃には妊娠前のジーパンも穿けるようになったけど。
・・・予定としては妊娠前より痩せるはずだったんだけどねw
そう上手くはいきませんでしたわ、私の場合。ちっw

なんか思いつくままにダラダラ書いててまとまりないですが、そんなこんなの出産記録でした。
出産したばっかりの頃は、これからはおなかも痛くないし、好きなもの食べられるし恐いもんなしだな、なんて思ってたけど大間違いだったw
確かにおなかは痛くなかったけど、豆太の世話でひざ、腰、腕とあちこち痛くなるし、おっぱいのためには健康的な食事をしなくちゃいけないしで全然ラクになんてならなかったっす。
ワタシ、正直子育てナメてましたわw

そんなナメた母親が赤さんにコテンパンにヤられる育児の様も、これからはぽつぽつ記録をつけていこうと思いますw
posted by ちゃっぴー at 20:03 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 育児>出産前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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